感覚感

投稿日:2010年7月3日 道太

あさおきて ひるねして よるねた

これはかの偉大な睡眠師

野比のび太氏による一日の使い方を表した
名言であるのだけれども

先日、こんなことがあった◎

その日、色々片つけたりしていて
営業が終わったのは
時計が朝の6時を指している頃だった◎

二階から一階に降りてみると
まだ、神谷が居て

神谷が

『明日はご予約が立て込んでるから確認しておこう◎』

と二人して、予約帳を開いて
予約状況を確認しあった◎

確認した後で
帰り道、歩きながら
その日予約していてくれた
僕の友人に、メールを打ちながら

気がついた◎

『明日は楽しみにしてるねー』

って打っていたのだけれども

違う

今日は楽しみにしてるねー』だ◎

この時間帯に生活リズムを持ってくる生活をしていないと
この感覚は分かり辛いのかもしれないけれど

僕らにとって
朝の6時は昨日の深夜の延長である『今日』で

家に帰って眠った後の世界が『明日』なのだった◎

僕も神谷も
疑いもせず、サラッと話していたのだけれど

世界基準では
今も、起きた後も

『今日』は『今日』なのだった◎

先日もそんなことがあった

朝方に業者さんから『明日の昼にでも連絡下さい』という
メールが来ていたのを思い出して

お店に着く前に
携帯から電話をしたところ

その電話には出られずに

しばらくして

『すみません、今日の昼は打ち合わせなんです。。』

というメールをもらった◎

そこでも、僕の感覚が知らない間に世間と相違していることに
気づかされたのに、また、この感覚を使ってしまったのだ◎

最近出来た
青二才の営業日の表記が

火曜定休ではなくて

水曜~月曜日となっていることに
この感覚、面白いなぁ◎と思いながらも
なにか違和感を感じた◎

時間と言うのは

概ね、ルールと言うか基準が決まっている物なのに
人は自分の感覚の中にある軸を中心にアナログに
捉えるものでもあるんだな◎ってね◎

ルールに則らないと
こちら側からの一方的な解釈の違いで
いつか、大変なことになるかもしれない

ので、なんとかその感覚は
注意しながらじわじわ直していかなきゃな

と思ったのです◎

ただ、いつか
世間一般の時間軸中心に体がなった時には

今日感じているこの感覚というのは
無くなってしまっているのであろうと

僕の中で記憶を残すために今日書いているみたいなものです◎

最初は違和感を感じていたのに
慣れるとその感覚は知らない間に埋もれていってしまうから◎

いつか何かのヒントになるかもしれない◎

違和感の中に、いつも閃きがあったりするもんね◎

いつか他の人との言葉のやり取り上で
失敗する前に世間基準に戻さなきゃ

と思う半面で

僕の今日と言う一日には
『今日』も『明日』もが含まれていて

お得だなぁ

なんて悠長に捉えてしまっている僕も居ます◎

うーん、やっぱり

感覚について書くのは
難しいなぁ。。

今日の日記
意味わかんない人もたくさん居そう。。

ま、僕の備忘録っす◎

さて、これを書いているのは
7月2日午前8時40分◎

これから家に帰ります◎

そして、今日と言う明日に旅立つ睡眠をしてきます◎

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