• 2008年4月3日
  • BY 道太

手紙

今日は長文です◎

昨日の日記にも書きましたが2日は父親の命日でした。
毎年この日は、特別な日として時間を過ごしています。

父親の13回忌で、うちの母親が

『人は二回死ぬ。一回目はこの世を去ったとき。
そして、本当の死と言うのは、その人の話をしてくれる人が
誰もいなくなった時。だから出来るだけ故人を偲んでやってください』

と親戚一同の前で話をしました◎

僕が今でも父親のことをこの日記上でしばしば書くのは
その母の言葉を聞いてから、少しでも父親が長生きできるように
という祈りに似た思いからです◎

なので、今日もまた父について書かせてください◎

俵万智さんの詩で

『手紙には愛あふれたりその愛は消印の日のそのときの愛』

っていうのがあります◎

これは、手紙に書かれている文字の不変性を謡うと同時に
現実の世界では物事や環境や書いた人の思いまでが変わっていってしまう様を
刹那的な文にしたのだと思います。

僕もずっと前に送ったメールや
卒業アルバムの寄せ書き
もらった手紙なんかをたまに読み返すと

『あぁこのときはこんなこと思っていたんだ』とか

『今じゃこんな気持ちはありえないなぁ』などと

懐かしい気持ちになったり、ちょっとこそばゆくて

一人でニヤニヤしちゃったりします◎

手紙はそのときの空気を再び自分の周りに持ってきてくれるアイテムなんですね◎

毎年やってくる4月2日。

この便利な世の中です。

2005年の4月2日にインターネット上に書いた日記を見つけました。

俵万智さんの詩は刹那的だし、僕自身も手紙に対し
言葉はその時だからこそ感じていたことであると言うことに同意するのですが
僕はその日の自分で書いた日記を読んで、

あまりにも、父親に対する気持ちが自分の中で変わっていなくて
そして読んだときに、この日の日記が自分に対しストレートすぎて泣いちゃいました。

3年前も今も、何一つ変わらない想いで居ます◎

まだまだ、心の中で生き続けてくださいお父さん◎

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『命の日』

ずっとずっと憧れている人がいる。

どんなにがんばっても、あぁ、この人には勝てない。
と思っているんだけど、

それでもやはり、どこかで負けたくないって思いも強くて
俺の原動力の大きな柱になっている人がいる。

その人は
俺が小さなころからずっとずっと傍にいてくれた。

その人は
どんな状況にあっても『祭りだ祭りだ!!!』と乗り越えていく力を持っていた。

その人は
俺が何か人として間違いを犯すと、全力で叱ってくれた。

その人は
お酒とは楽しく飲むものだ、と教えてくれた。

その人は
いつも周りに人がいて、中心になって誰よりも大きく笑っていた。

その人は
その周りの人を均しく愛し、周りの人からも愛されていた。

そしてその人は
何よりも家族を愛していた。

その人は
人生とは全力で愉しむものだと、教えてくれた。

そんな、俺の親父が10年前、交通事故で突然他界した。

そう、4月2日は親父の命日。

思春期真っ盛り、中学を卒業し、高校の入学を目前に控えた4月2日。

あまりにも突然すぎて、まだ死を認知できていないまま葬式が行われた。

式では親父を慕う本当に本当に多くの人が泣いていた。

式中、人の涙を見てもまだ実感できていない自分の目に
小中とずっと一緒につるんできた、番長格の子が
泣いているのが見え、一気に何かがこみ上げてきた。

長男である自分はまだ幼く母親が弔辞を読み上げた。

『いつも主人は人が集まる場所が大好きでした。
 人が集まる場所へ行ってはお酒を飲み、笑い、
 それが本当に主人の楽しみでした。
 今日は主人のためにこのように多くの人が集まってくださって
 主人もきっと楽しんでいます。
 ですから、今日はお葬式という場ではありますが、
 主人のために皆さんでお祭りをしてやってください。
 どうか、今日は主人の話でもしながら
 皆さんでお祭りをしてやってください』

一番辛いはずの母親がこんな言葉を発したのには本当に驚かされた。

言葉にならなかった。

母は強い。

母親が必死で子供を守ろうとしてくれているのを感じ
まだまだ考え方の幼い自分と妹二人はそれに応えるために
『お母さんを悲しませるようなことだけは絶対にしない』
と決めた。

よって、今までのところ反抗期というものの記憶があんまりない。
いやがおうにも家族や現実と対峙し反抗なんてしてる暇はなかった。

親父の死は確かに辛いことだった。

でも、そのことがなかったら気づかなかったことや
しなかったこと、出会わなかった人や、何よりも今の自分ではない。

乗り越えた、なんて言っちゃあ簡単だけど、
今の自分があるのは、きっとそのことがあったからに違いない。

あれから10年。

追い越したくても、追い越せない親父。

親父はお爺ちゃんのことを話すとき『親父が~』なんて言ってたけど
俺はまだお父さんのことを『親父』なんて呼んだこともなかったよ。

あの頃は本当に不味かったお酒も今じゃ大好きだよ。
もうチョイ早く飲めるようになってたら二人で朝まで飲んだり
できてたのにな。

今、周りの人には本当に恵まれていて、
周りにいる人みんな大好きなんだよ。
親父に紹介したい奴いっぱいいるのにな。
そしたら、また『祭り』だな。
俺も『祭り』大好きだよ。

本当に人って大事なんだな。

そして、親父の見つけた奥さんなかなか最高じゃないか。
産んでくれた息子(自分)も、娘も最高じゃないか。
うん、最高の家族じゃないか。

いるときも、いなくなった後もこんな息子に
本当にいろんな物を与え続けてくれて
最高の父親だ◎

感謝が体からにじみ出てくるよ
今ならテレずに言えるんや◎

遅くないよね◎

『ありがとう親父』

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今日は岐阜に居るもう一人の妹(陽子)の誕生日◎

おめでとう◎

ぜひとも小椋家に負けない、すばらしい愛あふれる家庭をつくってね◎

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