家族と言える全スタッフへ その壱

投稿日:2013年4月11日 kamiya

さてと、全国5000人の青二才日記のファンの皆様

どうも、神谷です。
この青二才日記、約6年前のオープン以来

もう何百話になるのでしょうか、

その大半が代表ドウタの日記で構成されてきましたが

スタッフも増えた今

先週より『スタッフ日記』として

全スタッフ持ち回りで新たにスタートいたしました。

スタートさせてみるとどうでしょう、

皆それぞれの切り口で、構成で、

思った以上に面白い展開をみせてくれています。
初回は

スタッフの『自己紹介』

も含めた内容で書いてね、とお願いしておきましたが

次回からは自由な内容になってくると思いますので

乞うご期待です。

さて、

ですのでボクも今回は改めて自己紹介から始めようかな、と思います。

あまり一緒に働くスタッフにすら話す機会もないし。

ま、一回分では書ききれないので何話かに分けて。

33年前、

岐阜の田舎のそのまた山の病院で産声をあげた、そうです。

二人兄弟の弟で

兄は8才年上。

まぁ後々登場してきますが

豪快かつ無鉄砲、乱暴者だったことを覚えています。

今ではこれほど偉大で頼りになる兄はいませんが。
信号も無いような田舎で

絵に描いたような自然の中

遊びといえば

山、川、用水池など

暗くなるまで自然と戯れ

暗くなったら火を焚いて・・・

・・・思い出すとすごいな、今とは全く違う生活だ。
その中で

普通の家庭の子供とちょっと違うのは

実家は『書道』を生業としていた事かな。
そのため

だいたい自由に何でもさせてもらってたけど

こと『字』に関しては厳しく

“一”の横棒を何千本も正座させられて

泣きながら書かされたこともあったな。
まぁそんなこんなで

書道家の跡取り息子として

自分もそのつもりで小学校を卒業するわけです。

仕込みの時間になってしまったので

続きはまた次回。

一回で終わらない日記はあんまり自分も好みじゃないけど

今回はお許しください。
こりゃあ長くなりそうだ。

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