日記

投稿日:2013年8月19日 kamiya

さて、今日は日記俺の番だね。

今は中野店で営業終了後です。
書きたいネタはたくさんあるんだけど、
今回はお店とは関係のない話を。

先日、ばあちゃんが亡くなりました。
自分でも思うほどのばあちゃん子だった俺は
やはり

泣けて泣けて、泣けてしょうがなかったな。

優しく、正直で、我慢強く、心配性な、よく働くばあちゃんだった。
ばあちゃんの部屋の遺品を整理していると

十数冊の日記がでてきた。

俺が東京に出てくるよりずっと前から毎日つけていたものだ。
読まれる事なんか考えて書いてない日記の
そこには

その日、畑にどんな種を蒔いた、とか
近所の友達がうちで作ってない野菜をもってきてくれた、とか
雨がひどくて一日中家の中で過ごしてしまった、
なんて普通の日常のことや、
正月には“孫が帰ってきて賑やかで嬉しい”、と。
その数日後には、“また静かな家になってしまった”など、
気持ちのこもった
十数年分の毎日が
短い文で記されていて

1ページ開くごとに涙があふれた。
13年前、病気でじいちゃんが亡くなった日にも日記は書かれていて

しっかりとした字で

みんなが落ち込んだ自分を助けてくれた感謝の気持ちと、

病気が憎い、と

一言書かれていた。

つらかったろうな。
そんな日記もここ何年かは
空白が目立つようになり
晩年は書きたくても
文字が思い出せなかったり
手が震えて
字が字でなくなったりしていた。
そんなこともさほど気にかけず
東京に居る俺は
数ヶ月前、
こんど結婚するよって報告を
一通の手紙に大きく書いて
軽い気持ちでばあちゃんに送った。
返信なんて期待はしていなかったが
数週間後
ばあちゃんから
返事がポストに入っていた。
楽しみに開けてみると

5行ほどの短い文があった。

でも
その文字はもうほとんど読めるものではなかった。
震える手でなんとか書いてくれたその手紙。

辛うじて読めたのは
一番初めの

[よしのぶ]

一番最後の

[しんぱいするな]
だけだった。

でも、
それで十分だった。
十分すぎた。

さいごまで心配してくれたな。

ありがとう。
明日は
ばあちゃんが

「爪の仕事の綺麗な子」
って覚えててくれた
嫁の綾さんの誕生日です。
“神谷”になって初めての誕生日
あんまり会わせてあげられなかったけど
自慢の一人増えた家族のよき日を
ばあちゃんの分もお祝いしとくわ。
ちゃんとケンカもできるし
ちゃんとそれより一回多い仲直りができる
いい嫁さんです。

心配ないよ。

そっちで日記の続きでも書いててよ。

さてと、準備準備!

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