心配ばっかりかけて
まだまだ青二才な僕をこれまで育ててくれた母も
だんだん年をとり、昔よりもさらに小さくなったようにも感じます◎
そんな母の誕生日でした◎
また、今日はガキだと言われてもマザコンだと言われてもいいので書いちゃいます◎
うちの家族は最高です◎
先日、父親が昔亡くなったことは書きましたが
その当時、僕は中学生と高校生の間の春でした。
僕でさえその歳ですから、二人いる妹はさらに子供で
下の妹(嘉子)なんて小学生真っ只中でした。
僕にとって父親は格好良くて、自分でお店を開店し、カウンターの中で
いつもいつもお客様と楽しそうに話したり、友達がいつも尋ねてきてくれたり
仕事をとても楽しそうにしている姿がずっとずっと憧れでした。
その当時母親はきっと父の影で色々見えない仕事をしていたと、今では思うのですが
確実に実家の料理屋は【父親】あってこそのお店だったのを覚えています。
でも、お店が軌道に乗ったころ、突然の死で父が他界し一家が路頭に迷った時に
専門料理も経営も全く知らない母が
僕ら子供を育てあげるために
父親の店を守る為に、『よし、私が頑張ろう』って
店の経営を続けることを決意し、本当に毎晩夜も眠らずに
書類と向き合い、試行錯誤で色んな事をしてみたり
人を使ったことも無い母が無理をして男の料理人を雇って
でも、
女で料理の知識も無い者だからとものすごい剣幕で料理人に怒鳴られていたり
でも、
それにもめげずにただ、子供を何とか育てようと
必死で働き、結果、うちの兄妹を大学まで出させてくれました。
あんなに自分の身を削ってまで子供の為にしてくれる母親の姿を見ているので
本当に本当に親からの愛情というものに困ったことはありません。
でも、それと同時にきっと子供も母親のことをすごく思っていて
親に対する愛情も半端ではないものだと思っています。
父親がいる頃にはまだ子供だったし、きっと気づかなかっただけなんですが
だから、うちの家族は親子も兄妹も愛情にあふれていると自負しているんです◎
親は子を愛し
子は親を愛し
家族が家族を愛する
ってなだけのシンプルな構図なんですが
これが実に最高中の最高なんです◎
そんな母親の誕生日でした◎
とっても大事な人です◎
あなたの子供に生まれて本当によかった◎
よく母は
『あなたたちが元気に過ごしているだけで何よりの親孝行』
なんて言いますが
そんなの分かっています◎
でも
何かしたい!
と思う子の気持ちもあるのです◎
そのためにこの青二才で働いているのも一つなのかもしれないと思うのです◎
東京でこれくらい寒いのだから
きっと岐阜の田舎はもっと寒いことになっているのでしょうね。
体には気をつけてあまり無理をせずに過ごしてくださいね◎
次はお正月ですかね◎それまであなたの宝物は青二才で頑張ります◎