すばらしき小椋家

昨日

日記で

我が幼少の頃を12月に思い出すと書いたのですが

今日になって発覚した事実◎

僕が
両親からプレゼントされていたと思っていた
ジャンパーや
ぬいぐるみは

亡くなった父の、妹である

由紀ちゃんが
(小さな頃からなぜだか叔母さんとは呼ばず由紀ちゃん)

僕らのために

はたまた

僕らに実用的なものしか
プレゼントできない兄である父のために

送ったものだったそうです◎

小さな頃

お正月やお盆になると
この由紀ちゃんが東京から岐阜に帰省してくるのが楽しみでした◎

なぜなら
現金な子供だった僕ら兄妹は
由紀ちゃんが帰ってくると、大量に
プレゼントを持って帰ってきてくれるからでした◎

仕事でキャラクター系のデザインに纏わることを
していたので、たくさんの色鉛筆や
下敷き、缶ペン、バッジ、カバンなど

まだ見ぬ東京から由紀ちゃんと一緒に届く
段ボール箱をおばあちゃんと一緒に開けるのが楽しみだったのです◎

まだ、恵那の地ではどこの店にも並んでいないような
キャラクターのさまざまなグッズを休み明けに
学校に持っていくのが楽しみだったのを覚えています◎

今思えば

ま、勝手な解釈かもしれないですが
兄の子供に学校に持っていって自慢できるような
物を持たせてあげたい

みたいな感じで色々くれていたのかもな◎と

日々の生活の延長で
一年という時間は、どんどん流れるのですが

考えてみれば
親以外にも周りの色んな人に
色んなものをもらいながら、支えられながら
うちの家族って成立してきたんだなぁ◎

と思うのです◎

もはや僕個人のことじゃなく
小椋家っていう家族自体が
色んな人々によって支えられてきたことを

また昨日知ったのでした◎

お店においてもきっとそうだよね◎

僕の足りないところを神谷が補って

僕らの足りないところを他の誰かが補って

青二才というお店自体がいろんな誰かによって支えられながら
続いていく◎

続いていくこと

生きていくこと

そこにあるということ自体が

何かによって支えあってるんだな◎

と◎

その一番身近なものが
生まれたときからある家族なんだな◎

と◎

色んな人にありがとう!

って言いたい気分◎

よし◎
今日からまた
僕らも色んな人を支えられるよう頑張ろう◎

↑
PAGE TOP