なぜ青二才なのか【2】
高校三年生の秋、僕は高校を卒業したら調理師の専門学校に行って
料理の勉強をして、この実家に戻ってきて家を継ぐんだ
そう思っていたのですが
母親は
『大学に行きなさい』
と◎
『人生に於いて必ず、とてもすばらしい時間となるから
今からでも勉強して、大学に行きなさい』
と◎
それ以降
秋から本気で勉強をして
どうせ大学行くのであれば
父親が若き日に見た東京に行きたい
と、東京の大学を希望し
吉祥寺にある某私立大学に入学しました◎
大学時代は
まぁ、勉強しなかったですね◎
一応、実家を継ぐ時のためになるかと
経営学科を専攻していたのですが
ろくに勉強もせず、
府中で神谷と、市川(と言うこれまた高校時代の同級生)とルームシェアをしていたこともあり
家に帰れば宴会
昼になればバイトと、そんな自堕落な日々に明け暮れました◎
それでもやはり、僕の中で軸は飲食店ということもあり
バイト先は全て飲食業でした◎
そのバイトが僕に新しい価値観を生んでしまったのです
『東京でお店をやってみたい』
もちろん実家のことも頭にありました
母親のそばで一緒に働くそれも、夢でした◎
でも、父親に負けたくないからとか
そんな簡単ではないですが
ふと気づいたときには
この東京で自分のお店を持ってやってみたい
と漠然と思ってしまっていたのです◎
そんな折、バイト先の店長が独立するという話が上がり
『道太、お前も一緒にやってみないか』
と声をかけていただき、いずれ自分が独立するときに
こんなに勉強になる機会は無いと思い、
『ぜひとも!』とその独立メンバーに参画させていただいたのです◎
僕の大学卒業に合わせてもらったかのように
22歳の5月に新会社が設立され、そのお店は開店しました◎
それまでの悠々自適な学生生活からは一変
朝7時の電車に乗り、夜は終電間際で帰ってくるような日々が始まりました◎
毎日毎日、月曜から土曜までそんな生活をして
必死に働いてきました◎
が
ふと
こんなに頑張った先に、自分の夢が叶う時が来るのか
と思った際に出たのは
否
でした◎
毎日毎日必死で働いたところで
いつまで経っても東京で自分のお店なんて持てない
そんなことを思ってしまった僕は
もやもやする日々が続いたのです◎
日曜日
唯一のお休みであるこの曜日は
毎週、もやもやしながら結果ダラダラ過ごす時間でした◎
気がついたら沈んでいく夕日の時間、それを見て
あぁ、今日も何も無しに終わってしまったなぁ
なんていつも思っていました◎
暖かくなったころ、とある日曜日
友人のアメリカ人と昼から吉祥寺で飲んでいて
ふらーっと井の頭公園に行ったのです◎
片手にビールを持って
彼と二人で色んな人でごった返す公園内を歩きながら
『みんなすごいよなー、こうやって絵を描いたり
音楽やったり、アクセサリー売ったりしてんだもんなー
やりたいことを主張できてかっこいいよなー』
と、園内でシートを広げて売ったり描いたりしている人を見てそんなことをつぶやきました◎
すると、そのアメリカ人の彼が
『んじゃ、ドウタもやっちゃいなよ!まードウタにはお酒だろうね!
だったら公園で飲み屋をやっちゃったらいいよ!』
と何の気無しに言い放ったのです◎
ほろ酔いの僕は
『んじゃーやってみるか!』
と◎
ノリと勢いだけで
翌週にアメリカ人の彼とそれぞれお酒を公園に持ち込んで
知らない人捕まえて呑もう!
って約束をし
その日を迎えました◎
つづく