人の前で話をするという事
10日
昼過ぎ、僕は新宿に居た◎
三鷹で青二才をやっていた頃知り合った方から連絡があり
もう20年も毎月やっているクリエイティブな異業種交流会のような場で
僕がゲストパネラーとして話を聞かせてほしい
との
たいそうな事だった◎
これはせっかくの事だから
何か事前に準備をして
どんな質問が来ても対応できるようにしておこう◎
などと思ったものの
日々の営業の忙しさにかまけて
結局ほとんど何も持たず
唯一、以前東大で講義させてもらった時の
パワポデータが入っている神谷のPCだけ持参した◎
新宿のとあるミーティングルームのような場所に
僕よりも一回り二回り上ぐらいの方々が集まり
会が始まった◎
皆さんの自己紹介が終わり
僕の事を紹介して頂き
いざ、スピーチタイムに◎
どんな順番で何を話そうかなー
などとぼんやりと考えていたものの
結局やっぱり今まで生きて来てその都度何を考えて
今日現在までやってきたのか、しか
僕には手持ちの武器が無い◎
などと思い
ホワイトボードにペンで
1980年1月17日
とだけ書いた◎
僕が産まれた日だ◎
久しぶりに自分の人生について
振り返ってみた◎
大きく話すでもなく
誇張するでもなく
その都度その都度
自分の人生でのターニングポイントで
小椋少年が何を考えていたのか
どう考えたから
その直後の展開がどうなったのか
振り返った◎
若いころはやはり父の死
その後は母の言葉、母としての彼女の姿勢
そして東京でもがいていたグレーの時代
その先に出来た仲間と
パートナーとしての神谷の存在
まぁ、平坦ではないけれど
そのたびに色々な方に救われてきたのだと
改めて実感した◎
大変だけどとても恵まれた人生◎
あっという間に時間が過ぎゆき
1時間10分ぐらい話していた◎
東大の時の自己紹介より10分長い◎
ここ半年で10分ぐらいのネタが出来たんだと感じた◎
午後の眠い時間
誰も寝ることなく
こんな若造の言葉に耳を傾けていただき
その後の質疑応答でも
色々と熱い言葉、質問をしていただき
ちゃんと聞き入れてくださったことに感謝したのを覚えている◎
恵まれた人生を生かさせてもらっていると感じた僕は
今日からまた一つ一つの営業を大事に楽しもう
と感じ、昨日の営業に立ったのです◎
井の頭公園でやっていた頃
「あー今日はどんな人に出会えるんだろう!?!?」
と無性にワクワクしていた
あの気分◎
10年経っても変わってないんだなと◎